ミッキーマウスについて

 あなたには「こだわり」、ありますか?

 誰にでも多かれ少なかれ、ある種のこだわりはあるんじゃないかと思う。

 若い頃、僕は「こだわり」という言葉にこだわりがあった。若いくせに「言葉おじさん」のようなところがあった僕は、「こだわり」という言葉を聞いたり読んだりするたびに、「信念って言ってくれよなぁ」と思ったものだ(思っただけではなく、口に出して言ってもいた)。

 「こだわり」という言葉は「拘る」「拘泥る」という字を見ればわかるとおり、あまりいい意味じゃないからだ。まあ、今となってはどうでもいい話なんだけど。

 こだわりにも、「いいこだわり」と「悪いこだわり」があるみたいだ。まあ、今日はそんな話です。

 若い頃の僕は、こだわりが強いほうだったと思う。

 たとえば、高校生になってバイクが好きになった時のこと。当時はバイクの売り上げにしてもレースの成績にしても、ホンダが世界ナンバー1だった(今はどうなんだろう)。

 ここからが僕のこだわりなんだけど、どのメーカーを贔屓にするかにあたって「ホンダがナンバー1だから、ヤマハファンになった」のです。

 わかりますか? 僕はナンバー1が嫌いだったのです。昭和のアンチ巨人とまるで一緒。

 「あんだけ強けりゃ、俺なんかが応援しなくたっていいだろう」という気持ちがあった。もっと分析すれば「優等生」が嫌いだったのだ。自分のことを「落ちこぼれ」だと思ってたせいだね。

 これって、さらに分解すると「嫉妬心」から来てるんだよね。

 こういう傾向って他にもあって、「ナショナルより東芝(古いなあ)」、「VHSよりBeta」、「トヨタより日産(今は違います)」、「サザンより尾崎豊(これは比較が間違っていると思う)」などなど。

 このこだわり、「いいこだわり」とは言えないと思う。 だって、ナンバー1に対するお門違いな嫉妬心、つまりマイナスの感情から出てるんだもん。

 幸い、ヤマハ発動機さんは僕と違って落ちこぼれであろうはずがなく、いいバイクをたくさん造ったし、レースでもホンダさんほどじゃないけどまあまあ活躍した。だから、動機はともかく好きになったことは一切後悔してない。

 じゃあ、「いいこだわり」ってどんなんだろう。

 僕が思うに、「冷奴の生姜はおろし金を使って自分ですりおろす」とか「味噌汁の出汁は煮干しと昆布を使ってちゃんと取る」とか「バターは使ってもマーガリンは使わない」とかなら、まあ無害だし誰にも迷惑かけてないし、なによりマイナスの感情が動機じゃないから「いいこだわり」に入るのかなと思う。なんだか食べ物のことばかりですが。

 で、「悪いこだわり」の悪いところなんだけど、経験から言って「運が悪くなりやすい」ところだと思う(まあなんの根拠もないですが)。

 「悪いこだわり」をたくさん持ってた若い頃、僕はとても運がいいとは言えなかったし、色々問題を抱えていたし、充実した生活からはほど遠かった。

 歳を重ねてそういった変なこだわりから解放されるにつれて、だんだんと楽になってきたし、自由度が増したと思う。

 歳を重ねただけじゃなく、仏教的思考が身についたのもよかったと思う。仏教は「こだわり」とは方向が逆だからね。「仏(ほとけ)」の語源は「解ける(ほどける)」から来ていると言うお坊さんもいるぐらいだから。

 そして去年、ヨーガと出会ってますます僕は解けてきた。

 なんと、ミッキーマウスのTシャツを買ったのだ。それどころかその後ミッキーマウスのショルダーバッグまで買って愛用している。

 「はあ? それがどうしたの」と言われそうだけど、これは僕にとっては「革命」であり「コペルニクス的転回」であり「掟破りの逆ラリアット」なのであった。

 あなたはミッキーマウスが好きですか?

 この質問に対して、少し前までの僕は「大っ嫌いです」と答えていたと思う。

 ではなぜ嫌いなのか。それは「宮崎駿が好きだから」です。

 なにかホンダとヤマハの話に似てませんか?

 嫌いになる理由が、嫌われるほうにしてみれば理不尽極まりないという共通点がある。

 やっぱりこれもマイナスの感情から来てるんだなあ。

 これって全然ヨーガじゃないのだ。

 だんだんとヨーガっぽくなっていた僕は、ブックオフでいい色合いのTシャツを見つけて、よく見るとミッキーマウスのTシャツだった。

 僕は「まあいいや」と言ってそれを買った。

 しまむらでデザインも値段も手頃なバッグを手にとってみると、ミッキーマウスがプリントされてる。

 僕はやっぱり「まあいいや」と言ってそれも買う。

 我ながら、自由になったものだと思う。

 去年から今年にかけて、引越しがあったり色々と大変動の時期なんだけど、今のところ運がいいと思う。なにかと恵まれることが多いのです。

 これって、ミッキーマウスのお陰かもとは言わないけれど、変なこだわりを捨てたことと関係がある気がするのです(やっぱり根拠はないけど)。

 まあ、あまりよくない感情は持たないほうがいいですね、一般的に言って。

 じゃあ、話をバイクに戻すと僕はホンダに乗ってたほうが幸せだったんだろうか?

 という話ではなくて、ホンダでもヤマハでもなんでもいいから、好きになるなら素直にこだわりなく好きになるほうが幸せなんだと思う。

 う〜〜ん、やっぱり、「こだわり」ってないほうがいいのかなぁ。